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#016

日本のものづくり魂を蒸留器へ
Still Engineering

畑違いの蒸留機開発に
OKANOが挑む訳とは?

 酒造りの現場で加速するクラフトブーム。近年、地域の気候や特産品を活かし、製法にこだわり抜いた蒸留所が各地で誕生し、商品が生み出されるまでのストーリー性も相まって愛飲家の心を捉えて放さない。
 飽くなき探求心によって生み出されるウイスキーやジンなどの酒造りにおいて、命運を左右するのは「蒸留器」の存在だ。ただ、日本国内では蒸留器の作り手が限られ、造り手たちは理想とは程遠い海外製品の利用を余儀なくされている。
 こうした状況に、蒸留器製造とは全く縁のないOKANOが名乗りを上げた。畑違いといえる新たなモノづくりに飛び込んだ狙いは、果たしてどこにあるのか。文字通りの「ゼロ」から始まったプロジェクトを通じ、日本のモノづくりのプライドを賭けた姿に迫った。

1.酒づくりを取り巻く現状に
端を発した挑戦

 英語で「Spirits」と呼ばれる蒸留酒。その名の通り、作り手の精神を宿して古くからウイスキーやウォッカ、ラムなどが世界各地で造られ、日本でも焼酎や泡盛として親しまれてきた。ビールやワインなどの醸造酒よりもアルコール度数が高い一方、カクテルのベースなどに用いられて多彩な飲み方で楽しめるのも特徴的だ。

 そんな個性豊かな酒を造る上で欠かせないのが蒸留器だ。加熱して気化させた後に冷却させる工程を経ることで凝縮された香りや味わいを生み出すため、蒸留器の性能は原料の特性を生かす上で大きな影響を及ぼす。

 ただ、日本国内では洋酒向けの蒸留器を手がけるプレーヤーはわずかしかいない。昨今、ウイスキーやジンを手がける酒造会社が国内でも増えているが、機能性の高い蒸留器が見つからないが故にやむなく海外製のものに手を出している状況も聞かれる。

 造り手たちが半ば妥協しながら蒸留器を選ぶ現状を座視していいものなのか。日本のモノづくりが強みとしてきた繊細さや高い機能性をつぎ込めば、造り手たちが求める蒸留器を生み出すことは決して不可能ではない。OKANOによる蒸留器づくりの挑戦は、そんな切実な問いと静かなる使命感から端を発した。

2.未知との戦いに集結した
メンバーたちの想い

 社長の岡野武治による想いも重なって立ち上がったプロジェクトは、さまざまなバックボーンを持つメンバーが集結して動き始めた。何一つ確実な見通しが無い中、始動当初のそれぞれの心境を読み解くと、モノづくりに対するそれぞれの想いが垣間見える。

 まず、責任者に抜擢されたメンテナンス事業部長の丹野信康。酒を嗜むが、蒸留器の知識は皆無な中での打診だったが、「好奇心が湧いた」と当時を振り返る。現場からの叩き上げで歩み続け、潜在下に「アウトサイダー」としての自負がある丹野にとって、未知への挑戦はは「不可能と決めつけるより、成功体験を積み上げるアクションにこそ価値がある」と駆り立てた。

 蒸留器の技術検証を担うのは、約半世紀にわたり発電用バルブの新技術開発に携わってきた田中孝治。過酷な環境下で流体・気体を制御してきた知見は、精密な温度・圧力管理を要する蒸留プロセスに直結する。それだけに田中には「長年の経験を注ぎ込み、最高の一滴を実現したい」との想いがあった。

 技術検証を担うもう1人のメンバーが、台湾出身の呉宛儒。唐突な指名に「正直、酒が好きだから選ばれたのかな」とおどけるが、入社以来バルブのメンテナンスや営業などさまざまな部門を渡り歩く中で培った現場感覚と対話力は折り紙付き。メンバーに選ばれるのも、自然な流れだった。

 三者三様の想いが交錯する中で始まったプロジェクト。手始めに蒸留器の現状をリサーチを進めると、技術的なスペックとクリエイティブな要素を織り込んだデザインを両立させる必要性を感じるようになっていった。

3.機能とデザインの両立に向けた葛藤

 機能とデザインを両立させる必要性を感じるようになったのは、モノづくりの世界を取り巻く現状が関係している。高い技術力とクラフトマンシップを持つ日本のモノづくりにおいて、その原動力は細部へのこだわりや品質への飽くなき探求心にあった。

 一方、日本のモノづくりは従来から「魅せ方」の要素が弱いとされてきた。いくら高性能な製品を生み出しても、デザイン面を含めた総合的なニーズを満たさなければ市場で支持されることは難しい。昨今では技術力でも世界中で繰り広げられる競争の波で埋もれ、かつてのように技術面だけを優位性に打ち出すことは困難な局面を迎えている 。

 OKANOのモノづくりの現場でも同様の傾向が見て取れる。これまで発電用バルブの開発では、とにかく性能を第一に追い求めてきた。それはBtoBのモノづくりを続けてきた裏返しでもあるが、デザインに関する視点は脇に置かれていた。

 ただ、蒸留器の開発において、単にスペックを追い求めるだけでは市場に響くものは作れない。そんな課題意識の下、技術的な検証と並行して社内のデザインチームのメンバーとともに完成モチーフに関して打ち合わせを何度も重ねたが、納得いくものには行き着かない。開発は機能とデザインを両立させる難しさを痛感する状況となり、膠着状態に陥った。

4.思いがけないキーマンの参画と
開発の仕切り直し

 開発が袋小路に入り、思い悩んでいたちょうどその時。プロジェクトの歯車が再び回り始めるきっかけを生む新たなメンバーが思いがけず現れた。

 そのメンバーの名は奈須田友也。奈須田はこれまでに大手通信機器メーカーで情報デバイスや産業機器などのデザインに従事し、機能とデザインを両立させた生活に身近なプロダクトを数多く手がけてきた。

 そんな人材がふとしたきっかけでコーポレートサイトを通じてOKANOの取り組みを目にし、「自分に関われることはないか」とアプローチしてきた。機能とデザインの両方を理解するプロダクトデザイナーは、蒸留器の開発を進める上で喉から手が出るほど求めていた存在。思いがけないキーマンの登場に、断る理由などあろうはずもない。

 2026年春、奈須田は蒸留器開発の新たなメンバーとしてOKANOに入社。そのタイミングに合わせ、チーム全体で蒸留器の構造、ターゲットとして狙う市場、デザインの方向性など開発の全体的な見直しに着手した。

 その上で改めて浮かび上がってきたのは、「市場でいかに受け入れられるか」。蒸留器製造で後発となるOKANOが、海外勢を含めた先発の蒸留器メーカーに割って入るのは容易ではない。単なるシェアの奪い合いではない形で蒸留器の市場における独自性を確立するかが、今後の開発全体におけるカギを握る。

 新たなメンバーを加えて再始動した蒸留器開発。現段階で機能とデザインの最適解を導く明確な道筋が見えているわけでない。それでも、日本のモノづくりのプライドを賭けて始まった取り組みは、その先の光を求めてこれからも続いていく。